<Lily of the valley-動き出す小さな温かい光と巡り合わせた灰>
「はぁ?」
マルクト帝国首都グランコクマへ向かう定期船の甲板で、俺は自分でも思った以上に間抜けた声を上
げてしまった。ルークが消えて、公爵や婦人にバレない内に屋敷を抜け出して丁度良いタイミングであ
った定期船に乗り込んでジェイドに事の報告をしに行くつもりだった。
だがどうやらそれは叶わないらしい。
ルークが消える直前に見た金色の光。第七音素の意識集合体ローレライ。
それが今目の前に居た。
そしてそいつが突拍子もないことを俺に言っている。
『ルークの後を追って欲しい』
繰り返された言葉の意味は、別に解らない訳じゃない。
過去の世界(別の世界?)に向かってアッシュを連れて戻って来るはずのルーク。
そのルークと記憶の無いアッシュが居る世界は、どうやらちょっとルークには厳しい環境の様で、だか
ら俺にヘルプに言って欲しい、と。
ローレライは時間が無い事と厳しい環境についてそれ以上詳しくは教えてくれなかった。
いきなりの展開に困惑している俺を他所に、ローレライは以前見たことのある黒い穴みたいなのを作り
出した。
・・・俺に拒否権とかそう言うのは一切無いらしい。
金色の光が寄って来て促すように俺の背後に回る。
盛大に溜息を吐いた後で、俺は解ったよと片手を上げた。
「どう助ければいいのかは解らないが、一先ずはルークの元へ行けばいいんだろう?」
空間へ片足を突っ込んだ体勢でローレライに訊ねる。
『そうだ。そしてお前に与えられる時間はルーク以上に少ない』
五、六歩ほど空間の中を歩いていた俺の背中にローレライの声がかかる。
『精々居れて<無辜の島>が出現するくらいまでだろう』
そういう肝心な事は前もって言えよ!!
***************
―――・・・ッシュ、・・・・・・き
ふと頭の中に声が響いた気がした。
それは自分のものと良く似ていて、けれど本能が違うと告げる声音。
レプリカの声。
俺は苛立ち紛れに舌打ちをして回線の方へ意識を集中させた。
独特の甲高い音が頭の中で鳴り響く。
普通ならその後で回線が繋がるはずだった。
なのに今は
「くそ、どうして繋がらない」
アクゼリュスが崩壊する直前までは繋がったのに。
もう一度やってもやはり結果は同じに終わる。
最後には面倒になって回線を繋げる事を諦めた。
今俺が居るのはファブレ公爵の領地、ベルケンド。
重い機械音が木霊する街。
ここには苦い思い出しかない。
その場所へ自ら来ることになるとは・・・。
運命ってやつは随分嫌味な事をする。
自嘲気味に思い馳せながら通りを歩いて抜けようとした時、俺は思わぬ人物と遭遇した。
明るい淡い色の金髪の、かつて日々を共に過ごしてきていた使用人。
向こうは俺に気が付いていない様子で言い寄ってきている女から必死に逃れようとしていた。引け腰で
あたふたして、情けない奴だ。
「ガイ」
別に助け舟を出してやったつもりは無いぞ、断じて。
余りに見ている側にしても情けない光景だったからそれを見ないで済むようにと思っただけだ。
ガイは一瞬間抜けな面をして俺の方を見た。それから光の速さでアホ面がぎょっとしたような焦った表
情へと変わった。その反応が気になるが取り敢えずガイへ鬱陶しく纏わり付いていた女を一睨みして
排除する。女が離れてホッとしたようだったが、ガイは俺の視線に気が付くとあははと眉尻を下げて笑
う。
「済まないアッシュ、助かったよ」
「・・・別に。ところで、何故お前がここに一人で居るんだ」
「えっと、何て言うか・・・ルークを・・・助ける為、とか、かな」
視線を泳がせながらガイは随分と歯切れの悪い答え方をした。
「あの屑を?お前確か、あんな奴もうどうでもいいとか言ってたじゃねぇか」
「・・・・・・俺が?」
以前眼鏡たちとベルケンドに来てスピノザを問いただした後、研究所から出て港へ向かう途中に何か
思案している風だったガイへ俺が訊ねた時言っていただろう。
如何してそんなに驚いた顔をする。
「忘れたのか?」
「いや・・・、それじゃあ俺は・・・ルークを、見捨てた、のか?」
何処か戸惑ったような表情でガイは確認するように問いかけてきた。俺は自分で言った事も憶えてら
れないのかと鼻で笑って、肯定した。ガイは声も出さないで固まっていたが、暫くしてふらりと歩き出し
た。ふらふらと覚束無い足取りのガイの隣に立って俺は何処へ行くと訊ねる。
「ルークを助ける下準備」
完結に端的に返された答えに俺は眉を顰めた。
前言ってた事と180度内容が違う。
何だかんだであのレプリカがお大事だってか・・・。
そう考えた瞬間、俺の中でドロドロとした感情が湧き出てくる。
「・・・っ、あんな屑の何処が良いんだ」
吐き捨てるように言うと、前方に向けられていた蒼の瞳がゆらりと俺を見た。
冴えた青空の様な瞳が俺を射抜いてその場に縫いとめる。
今俺へと向けられているガイから伝わってくる感情は紛れも無い怒り。
露わにされた怒気に中てられて俺は僅かに息を呑んだ。
レプリカを捨てて俺の隣に歩いてきたのはガイ自身の意思だった筈だ。
それなのに何故こうもレプリカを貶された事で怒るのだ。
「ガイ・・・」
「いい加減俺もキレるぞ、アッシュ」
「・・・何、を」
「記憶が無いらしいが。・・・あぁ!やっぱり腹立つ!」
頭を抱え足を踏み鳴らしてガイは叫んだ。
記憶が無い・・・?
ガイの言った言葉が頭の片隅に引っ掛かる。
ひとしきり叫んだガイは、突然俺の胸倉を掴んで強引に自分の方へ引き寄せた。
「取り敢えず言って置く。よーく憶えておけ、そして肝に銘じろ」
ガイは俺の鼻先へ人差し指を突きつけながらそう前置きをした。
それからすぅと息を大きく吸い込んで話し出した。
「良いかお前はそうやっていつもいつもいつもいつもルークのことを馬鹿だ劣化レプリカだ屑で屑だと罵
っていたけどなお前は今ではルークと両思いなんだぞこの俺を差し置いてお前はルークのハートをゲ
ットしてるんだムカツクな畜生だからこれ以上ふざけた事抜かしてるとその喉切り裂いてついでに後退
気味のデコをますます広くしてやる」
一息でガイは言い切ると俺から手を離した。
八割近く私怨的なガイの言った内容の中で俺の胸中が唯一ざわめいたのがあった。
『ルークと両思い』
その言葉が酷く胸に圧し掛かってくる様に重く残る。
呆然とガイを見ていると、ガイは言いたい事を全て吐き出してスッキリしたのかふいに微笑んだ。ガキ
みたいにころころ表情が変わる奴だな。俺が顔を顰めているとぽんとガイの大きな手が頭の上に置か
れた。子供をあやす時にやる仕草に似たガイの手つきに俺は何故か動揺してしまった。慌てて手を払
い除けて怒鳴りつけようとした俺の口を先読みしていたかのようにガイが手で塞いだ。
ガイは様々な感情を湛えた蒼い瞳で俺を映し出しながら言った。
「皆お前たちの帰りを待ってるんだ。そして誰よりも・・・アイツが、お前の帰りを望んでいる。忘れるな」
「・・・・・・」
刻み込まれる様にしてガイの言葉が俺の中へ浸透していく。
それなのにガイの言っている事が俺には解らなかった。
返す言葉も無く目の前で揺れる金髪を見ることしか出来ない俺にガイは苦笑を零す。塞いでいた手が
俺の口元から離れた。ガイは俺に背を向けると街の入り口へ向かって歩き出した。
「さて、シェリダンに向かうとするか・・・」
ひとりごちながらさっさと歩み去ろうとしているかつての幼馴染へ、俺は震えそうになる声を必死に誤魔
化して問いかけた。
「お前は、誰・・・だ」
ピタリと歩を止めたガイは優雅とも言えるゆっくりとした動作で振り返った。
「・・・俺の名前は知ってるだろう?」
じゃあな、と言い置いてガイはその後は一度も振り返らずに去っていった。
逆行ガイ様はルーク馬鹿。
アシュルクアシュルクとブツブツ言いながら書き進めて
います。アシュルクアシュルk
next→
03.28